2. 子どもの絵の発達

 ここで頭足人の問題はちょっとおいて、子どもの絵の発達のようすを見渡してみましょう。

※ 見出しや文中に年齢を書いていますが、これはひとつの目安にすぎません。おおむねこういう順序をたどるということで、教室で見てきたかぎりでは、年齢でくくることがむずかしいほど発達のペースはばらばらです。これは絵の発達が(おもに自発的な)トレーニングによる部分が大きいからだろうと考えています。

 かといって年齢を書かないのも分かりづらいので、作品で日付が分かっているものはそのまま、見出しや文中には私の「感触」で年齢を書いています。見出しの年齢がとちゅうでさかのぼったりしているので「あれ?」と思われるでしょうが、そういう事情です。

 また、作例は絵が好きでたくさん描く子のものが多く、結果的に年齢のわりに「おませな」絵が多くなってしまいました。

 

なぐり描きの時期──1~3歳

 なぐり描きが始まる時期は、1才ごろと書いてある本もあれば、1才半と書いてあるものもあり、2才というものもあります。例にあげた我が家の二番目の娘の場合は1才11ヶ月です。

 

 はじめは紙にたたきつけるような点々のなぐり描きです。しだいに細かい動きがコントロールできるようになってくると、なぐり描きも、大きな弧から、しだいに小さな弧を描くようになり、ぐるぐると渦巻き状のなぐり描きへと変化してきます。
 この時期に、なぐり描きを十分に楽しむことで、子どもは手を自由にコントロールできるようになっていきます。

1才11ヶ月 (3点とも) N.K.女児

点々のなぐり描き
大きいストロークのなぐり描き
ぐるぐるのなぐり描き
 

 しばらくすると、書いたものに名前をつけはじめます。4番目の絵は2才1ヶ月のときのもので、「お日さま」「まいちゃんママ」と、私の字で書き込んであります。

2才1ヶ月 N.K.「お日さまとまいちゃんママ」

名付けの始まり

2才2ヶ月 N.K.

閉じた丸
 

「見立て」とか「名付け」とよばれるこの行動は、あるものを別のもので象徴するという、重要な心の働きが芽ばえたことを示しています。
積み木を自動車に見立てたり、人形にごはんを食べさせる、といった遊びが始まるのもこのころです。

 手のコントロールが進んでくると、閉じた丸が描けるようになります。この丸に目鼻がつけば顔、放射状に線がつけば太陽、そのままでも名前さえつければ何にでもなる、大変便利な部品です。幼児の絵はこの丸をベースに発展していきます。


部品で描く絵の時期──3~6才

 丸が描けるようになると、まもなくその中に目・鼻・口を描いて顔になります。顔に足がつけば頭足人になります。右のたくさんの顔を描いた絵でも、頭足人らしきものが描かれています。

3才9ヶ月 N.K.

顔がかけるようになった

日付不詳 N.K.

頭足人

 大人から見ても顔だ、人間だと分かる絵になるので、親にとってはたいへんうれしい時期です。しかし、子どもの絵の仕組みが大人とは違うことを理解していないと、子どもの自信を傷つけてしまうことにもなります。先に紹介したグッドナウはこのように警告しています。

──私たちの頭や胴の表現法は子どものそれと同じはずだとか、子どもの表現法には欠点があるとか、このような安易な思いこみは慎むべきです。とりわけ、大人はついそういってしまうのですが、「君は身体を描き忘れてるよ」などというのは控えたいものです。──

子どもの絵の仕組み

 では、その仕組みとは何でしょうか?
 幼児の絵の仕組みについてはさまざまな説があり、結論は出ていないのですが、私はこの時期の子どもの絵は「どう見えるか」を描いたものではなく、「何がどこにあるか」を描いたものだ考えています。

● 何がどこにあるか

 閉じた丸は、それ自体で人間や犬やその他さまざまなものをあらわしていました。それに目鼻がついたものを私たちは「顔」だと考えますが、じつはこれは「人間」に、目や鼻や口を「つけ加えた」ものです。ただの丸を「おかあさん」と名付けた子どもが、それに目鼻を描き加えたとすれば、それは、顔を描いたというよりも、「おかあさんには目と鼻と口があるよ」という「ことば」に近いものなのです。

 「何がどこにあるか」が表現できればいいのですから、例えば脚は、線でも、丸でも、ぐしゃぐしゃと塗りつぶしたかたまりでもOKですし、大きさやバランスも「何がどこにあるか」に矛盾しなければ問題ではありません。( ただ、手持ちの部品のなかでより『それらしい』部品を使う傾向はあります。)

3才10ヶ月 N.K.

胴が現れた

3才11ヶ月 N.K.

装飾のある頭胴二足人間

● つけ加えていく

 子どもは、新しい部品を発見したり、新しい部品を描く必要がでてきたときに、それを今までのパターンに「つけ加えて」いきます。このふたつが、幼児期の子どもの絵の基本的な仕組みで、それがもっとも際だって見えるのがこの時期です。

 あの頭足人も、人間が「立ってるよ」という表現だと考えれば、胴がどこにあるか、ということは問題にならなくなります。

冒頭の実験の結果についてグッドナウ自身は
「単に何かを追加する必要が生じてはじめて選ばざるを得なくなり、やむなく利用可能な空間が大きい方を選ぶにすぎないのかもしれません。」
と書いています。

 この他にも幼児期の絵には大きな特徴、あるいはルールといえるようなものがあります。

● ものを重ねない

 部品で描く時期の子どもは基本的にものを重ねて描くことをしません。これは幼児が丸や線などの部品を「もの」として見ているからではないかと考えられています。

● 直角に描く

 幼児の絵は基本的に「まっすぐ」です。人や建物は、地面や山の輪郭などに対して、おおむね直角に立っています。えんとつは屋根の線に対して「まっすぐ」に描かれるので、地面に対しては傾きます。

 こういった特徴、あるいはルールは幼児の絵に独特のすっきりした感じをあたえていますが、同時に制約にもなっています。これらの制約を打ち破って、重なりによって奥行きのある空間を描いたり、手足を曲げることで動きを表現したりできるのは、だいぶ後のことになります。

輪郭線で描く時期──5才~7・8才

 5才の半ばをすぎると、多くの子どもに目立った変化が現れます。動作のはしばしがきびきびした感じになり、走り方も、それまでの、どことなくよちよちした感じから、ばねのきいた走り方になります。縄跳びがとべるようになるのもこのころです。表情も複雑になり、会話では、話したいことを一方的に話すのではなく、相手の話題とかみ合った、長いやりとりができるようになります。これらの変化を総合して、私たちは「年長さんらしくなってきたな」と感じます。
 この時期は子どもの絵がもっとも子どもらしい形で、豊かに花開く時です。この時期に現れる変化で目立つものをふたつあげておきます。

● 輪郭線で描く

 これまでの独立した部品による描きかたに対して、いくつかの部品を連続した輪郭でまとめる描きかたが登場します。複数の部分をひとつの輪郭にまとめることは、あとで書く計画性のあらわれでもあります。

5才1ヶ月 N.K.

つながった輪郭線で描く

5才6ヶ月 I.N. 女児

つながった輪郭線で描く

 前に、幼児の絵は「何がどこにあるか」を描いたものだと書きましたが、子どもはしだいに「どう見えるか」を意識するようになります。これは子どもの絵の発達全体にわたる大きな流れです。これは大きな変化であるにもかかわらず、その境目はあいまいです。あえて線を引くとすれば、この輪郭で描く描きかたがあらわれたときがそれにあたるかもしれません。

 輪郭線で描く描きかたはしだいに子どもの絵の主役になっていきますが、別々の部品で描く描きかたも脇役としてずっとあとまで残ります。

● 場面を描く

 年中さんくらいまでは、ひとつの紙にいくつかのモチーフを描いても、なんとなく関係のあるものをならべるといった感じですが、年長児になると「だれだれが何々しているところ」といった場面を描く試みがみられるようになります。子どもによってはさらに発展してストーリーのある絵本を作ったりもします。

 男の子では「たたかい」の場面、女の子の場合は「女の子とお花とうさぎさん」「家のなかのようす」といった静的で調和した場面を好んで描き、男女のちがいが際立ってきます。

6才5ヶ月 T.W. 女児

女児が描く場面
 

場面を描くときに、画面全体をまとめる技法の代表的なものが「基底線」です。これは画面の端から端まで引かれた一本の線で、おもに地面をあらわします。人物や動物、建物は、この基底線に対してほぼ垂直に描かれます。山や屋根の斜めの線、プールの縁などが基底線のかわりになることもあります。

基底線を使った例。6才8ヶ月 男児

基底線を使った戦いの場面

 池、プール、道路など、基準になる線が向かいあっているときには、画面の下側に描かれたものは逆さになることもあります。これは「展開描法」と呼ばれる、この時期の特徴的な描き方です。


展開描法の例。6才10ヶ月 女児

展開描法の例

9才以降の発達

 9才以降の子どもの絵は、幼児の「部品で描く絵」に比べて、格段に現実の見え方に近づいています。天真爛漫、あどけないといった形容はもうこの時期の子どもたちの絵には似つかわしくありません。輪郭線で描く描きかたが主流になり、習熟した子どもはさまざまなポーズを描き分けたり、遠近法的な立体表現も一部に見られます。個人差はますます大きくなり、年齢でくくることはますますむずかしくなってきます。
 目につくものとして

・ものの重なりを描けるようになる
・スタイル(様式)の取り込み

 といった特徴をあげることもできますが、5~6才からそういう描きかたが見られる例もあり、この時期だけのものとは言えません。また、非常に細かい描写が見られるようになりますが、くわしく描くことは子どもの絵の発達全体を通しての大きな流れで、これもこの時期だけのものではありません。

 しかし、全体としてみると何か大人びた「気配」のようなものがただよっています。非常にとらえにくい変化ですが、あえていうなら線の質の変化、でしょうか。たくさん描く子どもたちに限ったことかもしれませんが、同じ輪郭線でも、この時期の子どもたちはただ部品をまとめたのではなく、線そのものに注目しているように思えます。

10才 I.R. 女児 「わが家のネコ」
線の質がそれ以前のものとはちがう。

わが家の猫

 スケッチや模写の場面で、輪郭を正確に写し取ろうとして、細切れの線をつなげて描く描きかたが一部の子どもに見られるようになります。これは以前の時期にはない現象です。推測に過ぎませんが、輪郭線を対象そのものではなく、ひとつの独立した要素として見ることができるようになるのではないか、と考えています。

 ともあれ、重なりとスタイルの問題も絵の発達を考える上で重要なので、この項目に入れるのはちょっと無理矢理なのですが、書いておきます。

● 重なりを描く

 部品で描く時期の子どもは、ものを重ねて描くことをほとんどしません。輪郭線で描く時期に入っても、重なりを描く例は多くありません。私はこれを「重なりタブー」と呼んでいます。以前、この「重なりタブー」がいかに強力なものであるかを実感する出来事がありました。

 教室で三年生を対象に、重なりを描くことをテーマにした課題を実施したときのことです。

 ある男の子が、なかなかその重なりを描けないので、練習として、別の紙に二つの丸を重ねて描くようにいいました。一つ目の丸はなんなく描けました。次にふたつめの丸を描こうとすると、はじめはほぼ丸だった線が、最初の丸の近くにくると、見えない壁にぶつかったかのように、まがっていくのです。できあがった絵は太陽と三日月のようなものです。二度目も同じ結果。3度目にしてようやく重なった丸を描くことができました。

 9才以降の子どもがだれでも重なりを描けるかどうかはじつはわかりません。一方、早い子では5才くらいから重なりを描ける場合もあります。重なりを描けることで空間やものの表現は飛躍的に自由になります。逆に考えれば、重なりを描けるかどうかが、子どもの絵の発達の中での大きな壁だといえるかもしれません。

8才9ヶ月 T.A. 女児

重なりを描いた例

9才0ヶ月 F.T. 男児

重なりを描いた例2

● スタイルの取り込み

 兄弟や友だちの絵、あるいはコミックやアニメ、ゲーム、絵本の挿絵、さまざまな商品に描かれているイラストなどからスタイルを取り込むことは、かなり早い時期から始まっています。

 女の子が描くキラキラの目などはそういうスタイルのわかりやすい例です。

8才3ヶ月 K.N. 女児

女児が描くきらきらの目の例

 小学校高学年になるとスタイルの取り込みはもっとはっきりしてきます。絵の得意な子どもたちは意識的にアニメやイラストなどの絵を模写したり、そのスタイルを取り込んで自分なりのキャラクターを創作したりします。

 子どもたちがアニメ・コミック・ゲームのキャラクターにひかれるのは、わくわくする物語や、あこがれる人間像がそこにあるからです。それが家庭でも学校でも評価されないことは、後に述べるように子どもたちが絵から離れていく一因かもしれません。

11才0ヶ月 K.G. 男児
ゲームのキャラクターの模写

マンガなどのキャラクターの模写の例

子どもの絵と大人の絵

 これまで、子どもの絵の発達を、私見をまじえながらおおまかに見てきました。では、その発達のゴールはどこにあるのでしょうか?

 子どもの絵に対して「大人の絵」という言い方をするしかないのですが、私たちが「大人の絵」として思い浮かべるのは、プロの画家やイラストレーターの作品ではないでしょうか。特別なトレーニングを経験していない大人の絵がどんなものかは、ほとんど目にする機会がありませんでした。

 2006年頃からこの事情が少し変わってきました。テレビ番組で「絵がヘタな」芸能人の作品が紹介されるようになったことです。

 これらの作品を見ると、顔に人物画の顔のパターンが使われていたり、重なりを描かない、といった子どもの絵と共通する特徴が見うけられます。どうもこのあたりが「子どもの絵」の自然な発達の上限で、重なりを描いたり、手足を関節で曲げてポーズをつけるといったことは、もしかすると大人の「技」なのかもしれないと最近は考えています。

 頭足人に代表される幼児期の絵にははっきり大人と区別できる特徴がありますが、いつの間にか子どもの絵からはあどけなさや天真爛漫な輝きは消え、表情や言葉づかいが大人びてくるように絵も大人びてきます。

 じつは9才以降のもっとも大きな特徴、というより問題は、絵を描かない子が増えてくる、ということです。これは多くの研究者が指摘しているのですが、造形教育にかかわる者にとっては頭の痛い問題です。

 絵を描き続ける子が少なく、しかもその多くがいわゆる美術よりもマンガやアニメにひかれるのは、音楽の授業は嫌いだけれど、バンドをやる若者はけっこういるのと同じで、自然な成り行きかもしれません。

 とはいえ、私はイメージとことばは思考の両輪だと考えています。そのイマジネーションを育てるもっとも有効な方法が絵を描くことです。これを多くの子どもが途中で手放してしまうのは、なんとも惜しいことです。より多くの子どもが楽しんで描き続けられるような造形教育の方法を生み出すことは私たちの大きな課題です。